宗教 天理教

天理教教典を現信者が分かりやすく解説|本当の信仰とは?

更新日:

天理教

出典:天理教ホームページ

こんにちは。
天理教現信者めんぼう(@menbou14)です。

 

あなたは、天理教って何?って思われて、ここへたどり着いたのかもしれません。
また、天理教の信者さんで天理教を調べようと思ってたどり着いたのかもしれません。

 

また、遊び半分で天理教と打ったのかもしれません。
とにかく、天理教のことが知りたい方がここへたどり着いていると思います。

 

そこで、今回は天理教について、実際に教典を読みながら解説していきたいと思います。
僕のブログの信条が、「難しものを分かりやすく」ですので、誰にでも分かるように書いていきます。

 

もちろん、信者さん以外の方にもなるべく分かるように書いていきます。
ぜひ、この機会に天理教を知って下さい。

天理教教典うすっ!

これが天理教の教典です。
見て下さい。

天理教 経典

天理教経典 天理教経典

正直、薄いですよね^^;
聖書なんかと比べても10分の1もありません。

 

ページ数にしてちょうど100ページです。
天理教の教典は100ページなんですね。

 

実は、この教典100ページと薄いですが、中身は相当濃いです。
そう、簡単なものではありません。

天理教教典には何が書いてあるのか?

さて、この天理教教典、何が書いてあるんでしょう?
目次を見てみましょう。

前編
第一章 おやさま
第二章 たすけ一条の道
第三章 元の理
第四章 天理王命
第五章 ひながた

後編
第六章 てびき
第七章 かしもの・かりもの
第八章 道すがら
第九章 よふぼく
第十章 陽気ぐらし

前編と後編に分かれています。
少しでも天理教をかじったことのある人は、なるほど、なるほどと分かりますが、天理教を知らない人はぜんぜんチンプンカンプンだと思います。

 

もう、すでに天理教臭がするわけです(天理教教典なので当たり前ですが・・・^^;)。
「難しいものを分かりやすく」、頑張って1個1個説明しますね。

第一章 おやさま

おやさま

 

さて、第一章「おやさま」ですが、ここには天理教の元始まりの事が書いてあります。
ある事情があって、中山みき様を代として加持祈祷をしていたところ、「天理王命(てんりおうのみこと)」という神が中山みき様に降りてきます。

 

最初、みんな聞いたこともない神名に驚き、戸惑います。
そして、さらに天理王命様は続けます。

 

中山みきを神のやしろにもらい受けたい
これまた、一同困惑します。

 

真意が分からないのです。
で、どちらにしろみきを神様に上げる訳にはいかないと、中山家総意でお断りします。

 

しかし、天理王命様はいいます。
ならぬ!ならぬ!

 

天理王命様も引きません。
そこで3日間問答したのですが、結局中山家の人達が根負けし、中山みき様を天理王命様にあげることにしました。

 

中山みき(教祖・おやさま)が天理王命様のやしろとなられた天保9年10月26日が天理教の始まりです。

 

あと、第一章「おやさま」には、陽気ぐらしへの道すがらが書いてあります。
その中で、僕がとても好きな言葉がありますので、ご紹介させて頂きます。

 

やまさかやいばらぐろうもがけみちも
(山坂やイバラ苦労も崖道も)

つるぎのなかもとふりぬけたら
(剣の中も通り抜けたら)

まだみへるひのなかもありふちなかも
(まだ見える火の中もあり淵中も)

それをこしたらほそいみちあり
(それを越したら細い道あり)

これは、信仰者の道すがらを語ったものです。
そう簡単には、細い道にすら出れませんよと言うものです。

第二章 たすけ一条の道

たすけ一条

さて、この章には「たすけ一条」と「つとめ一条」が出てきます。
一条とは、ひと筋、一本という意味です。

 

つまり、たすけひと筋、つとめひと筋ということです。
たすけ一条とつとめ一条が大事とも言われています。

 

この時の「たすけ」とは人助けのこと。
「つとめ」とは「おつとめ」のことです。

 

おつとめについては、この記事に書いてあります。
>>天理教の『すわりづとめ』とは?その仕方と意味を徹底解説

 

天理教的予言

さて、この第二章には天理教的予言があります。
天理教は、天保9年(1839年)に始まりましたから、その頃に書かれた予言だと思って下さい。

 

その中に、

しんぢつの心しだいのこのたすけ
(真実の心次第のこの助け)

やますしなずによハりなきよふ
(病まず死なずに弱りなきよう)

このたすけ百十五才ぢよみよと
(この助け115才寿命と)

さだめつけたい神の一ぢよ
(定め付けたい神の一条)

そのゝちハやまずしなすによハらすに
(その後は病まず死なずに弱らずに)

こころしたいにいつまでもいよ
(心次第にいつまでもいよ)

 

人間がこころを澄み切り、真実の心になったら、たすけづとめによって甘露(かんろ)が授けられることとなっています。
これをいただけば、人間の定命は115歳までとなることが出来るという意味です。

 

そして、それからのちは心次第によっていつまでも生きさせてやろうとおっしゃってます。

 

つまり、天理教は、天保9年(1839年)の時点で人間の寿命は115歳まで伸びると言っているんですね。
最近どうです?

 

平均寿命がだんだん延びてきて、115歳に近づいてますよね。
天理教の予言、当たっているかも・・・。



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第三章 元の理

元の理

さて、第三章には何が書かれているんでしょう?
読み解いてみますと、まずこの世が作られた元始まりの話があります。

 

天理教のどじょう話といえば、ちょっと有名です。

 

「この世の元始まりは、どろ海であった。

 月日親神は、この混沌たる様を味気なく思召し、人間を造り、その『陽気ぐらし』をするのを見て、ともに楽しもうと思いつかれた。

 そこで、どろ海中を見澄まされると、たくさんの『どぢよ』の中に、うをとみとが混ざっている」

という、こういう始まり方で始まる、人間の始まりを書いたものです。

 

親神様が人間を作るさまが、いろいろな例えを使って書かれています。
ちなみに、『お席(おせき)』と呼ばれる、9回話を聞くのもこの元始まりの話です。

 

これの完全版を9回聞くのです。
話がそれました。

 

第三章には、『教祖魂のいんねん』『やしきのいんねん』『旬刻限の理』が載っています。
いんねんというのは、因と縁ですね。

 

仏教で言ういんねんと天理教で言ういんねんは少しだけ違います。

 

そうそう、天理教をしていると『理(り)』という言葉をよく聞きます。
「理がある」「旬刻限の理」「会長の理」など、よく理が出てきます。

 

理とは、親神様の思し召し、働き、ご守護のことです。
ちなみに、前に会長さんに「理」ってなんですか?と聞いたら、「順序」じゃ、と答えていました。

 

順序じゃ意味分かりませんよね?

 

でも、偉い会長さんは順序と言っていました。

第四章 天理王命

天理王命

さて、第四章には『天理王命(てんりおうのみこと)』が登場します。

 

どんな神様か?
どんな目標を持っているのか?(陽気ぐらし)
その守護とは?(十全の守護)

これらが書かれています。

 

十全のご守護は大切なので、写しておきますね。

  • くにとこたちのみこと・・・人間身の内の目うるおい、世界では水の守護の理
  • をもたりのみこと・・・人間身の内のぬくみ、世界では火の守護の理
  • くにさづちのみこと・・・人間身の内の女一の道具、皮つなぎ、世界では万(よろず)つなぎの守護の理
  • 月よみのみこと・・・人間身の内の男一ノ道具、骨つっぱり、世界では万(よろず)つっぱりの守護の理
  • くもよみのみこと・・・人間身の内の飲み食い出入り、世界では水気上げ下げの守護の理
  • かしこねのみこと・・・人間身の内の息吹き分け、世界では風の守護の理
  • たいしょく天のみこと・・・出産の時、親と子の胎縁を切り、出直しの時、息を引きとる世話、世界では切ること一切の守護の理
  • をふとのべのみこと・・・出産の時、親の胎内から子を引き出す世話、世界では引き出し一切の守護の理
  • いざなぎのみこと・・・男雛型・種の理
  • いざなみのみこと・・・女雛型・苗代の理

参考:天理教教典

これらが十全のご守護です。

 

どんな神様か?
人間をお作りになられた元始まりの神。
元の神・実の神。

 

どんな目標を持っているか?
全人類が『陽気ぐらし』になるよう願っている。

第五章 ひながた

ひながた

第五章ひながたには、教祖中山みき様の90歳までの痕跡が書かれています。
41歳までは、普通の主婦としていそいそとみんなに好かれ、働き、信仰熱心な人でした。

 

天保9年(1839年)10月26日に神のやしろになられました。
この時、親様(教祖)実に41歳!

 

 

ここから90歳までの49年間布教したんですね。
まず、親様は貧のどん底に落ちきりました。

 

あるものは全部人に施し、屋敷まで取り壊しました。
もう、食べるものがないとなった時、有名なお言葉があります。

 

「世界には、枕もとに食べ物を山程積んでも、食べるに食べられず、水も喉をこさんというて、苦しんでいる人もある。

 

 そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。

 

 親神様が結構にお与えくだされている。」

 

 と、子たちを励まされたエピソードは有名です。

 

こうして、貧のどん底を通りながら20年以上布教したわけです。
そしたら、「をびや許し」によって示された珍しいたすけが道あけとなり、親様を生き神様と言って慕うものが出てきました。

 

この「をびや許し」というのは、出産の際の許しのことです。
天理に行ってこれをもらうと、出産、産後ともにとても良くなり、母子ともに健康に出産できるとされています。

 

元始まりの神、人間をお作りくだされた神だからこそ、「おびや許し」をご守護くださるんですね。
そうして、道の付き始めた天理教ですが、今度は政治の圧迫を受けます。

 

おつとめをするたびに、親様が牢獄へ連れて行かれます。
おつとめをする、親様が牢獄へ連れて行かれる、この繰り返しでした。

 

老年、もちろん115歳まで生きられるだろうと、みんな思っていたのですが、人間の成長と道の成長のため、90歳でうつし身を隠されました。
定命よりも25歳早かったのです。

 

姿かたちは隠されましたが、天理教信者は親様は今でもご存命で、日々ご守護をしてくれていると信じています。



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後編 第六章 てびき

てびき

さて、ここから後編に入ります。
第六章てびきには、何が書かれているのでしょう?

 

事情や身情、さわりは、全部神の『てびき』だと書かれています。
てびきとは、神様がこっちこいと招いてくれていることですね。

 

引き寄せられているとも言えます。
しかし、僕はこのてびきがイマイチ分かりませんでした。

 

いくら、神様の方へ引き寄せると言っても、病気にしたり事情で悩ましたりするか?親なる神が・・・と思っていました。
しかし、それは違うんですね。

 

もし、神様がそうやって知らせてくれていないと、もっともっと大変なことになっているんですね。
大難を小難に小難を無難に、お連れ通りいただいているんですね。

 

だから、神のてびきとはもっと愛に溢れたありがたいものなんですね。

 

あの時のあれがなかったら、俺はだめになっていた・・・と言うやつです。

 

月日にハたんゝみへるみちすぢに
(月日(親神)にはだんだん見える道筋に)

こわきあふなきみちがあるので
(怖き危なき道があるのが分かるので)

月日よりそのみちはやくしらそふと
(親神よりその道を早く知らせようと)

をもてしんバいしているとこそ
(思って心配しているからこそ)

事情や身情になったとき、大切なのが「反省」と「心定め(こころさだめ)」です。

 

反省は、今までの人生の通り方の反省をします。
心定めは、目標ですね。

 

これこれ、これを必ず致します、と言うものです。
親神様との約束みたいなものです。

 

この反省と心定めが第一と言われています。

第七章 かしもの・かりもの

かしもの・かりもの

第七章は、かしもの・かりものです。
ここで言われているのは、人間の体は神様からのかりものだということです。

 

神様の側からすれば、かしものですね。

たいないゑやどしこむのも月日なり
(胎内へ宿しこむのも月日(親神)なり)

むまれだすのも月日せわどり
(生まれだすのも月日の世話取り)

考えてみれば、熱一つ、髪一つ、肌一つ、自分の思うようにはいきません。
すべて、親神のご守護によります。

 

なぜ、身体が思うようにいかないのか?それがかりものの証拠です。
また、自分のものならずっと使い続けることが出来ますが、かりものですのでいつか返さなくてはいけません。

 

それが、寿命です。
人間が死ぬことを天理教では、『出直し(でなおし)』と言います。

 

出直しは、古い着物を脱いで、魂に新しい着物を付けてまた人間として出てきます。
これが生まれ変わりです。

 

天理教では、生まれ変わりを信じています。

 

人間というは、身の内神のかしもの・かりもの、心一つ我が理。

八つのホコリ

さて、身体は神様からのかりものだと分かりました。
しかし、こころは自分の思うように使っていいのでしょうか?

 

心一つが我がの理とお教えくださってますが、実は心も親神様の思うように使わなくてはいけません。

 

言わないだけで、変な心って使うじゃないですか?
人を憎んだり恨んだり、ねたんだりそしんだり・・・。

 

そういうのって、全部心の『ほこり』になるといわれています。
そうです、家などに溜まるあのゴミのほこりです。

 

ちょっとのほこりなら払えばすぐ取れますが、何年何十年とほったらかしていると、こびりついて取れなくなります。
心のホコリも同じで、日々払わなくてはいけません。

 

どうやって払うのかと言うと、『おつとめ』をします。
神がほうきとも言われていますので、日々おつとめをしてほこりを払います。

 

おつとめとは、天理教の『すわりづとめ』とは?その仕方と意味を徹底解説の記事に書いてありますので、併せてお読み下さい。

 

また、人間のホコリには八つあると言われています。

  • をしい
  • ほしい
  • にくい
  • かわい
  • うらみ
  • はらだち
  • よく
  • こうまん
  • また、この八つ以外に「うそついしょこれきらい」とあります。

ついしょうとは、おべっかのことですね。

 

事情や身情は、このほこりがつもり重なると出てくるとも言われています。

第八章 道すがら

ここでは、天理教信者の道すがらがかかれています。
天理教信者はどうあるべきか?ですね。

 

まず、この章で教えられているのが「たんのう」と「ひのきしん」です。
初めて聞く言葉ですか?

 

まず、たんのうですが、これは実は少し難しいんですね。
たんなるあきらめでもなく、辛抱でもない、成ってくることを親神様の思惑として悟り、ますます心を引き締め喜び勇むことがたんのうです。

 

簡単に言うと、何でも親神様の思惑があってなってくることだから、その思惑を悟り、何でも喜んで通るという事です。
このたんのうの心を治めましょうというのです。

 

そして、次にひのきしんです。
ひのきしんは、ボランティアみたいなものです。

 

掃除したり、ゴミを拾ったり、トイレ掃除したり・・・。
無償で行います。

 

ただ、ボランティアとひのきしんが違うのは、ひのきしんは日々のお礼です。
身体が元気で事情もなく、日々生かされていて嬉しいなぁ、ありがたいなぁ、と思う心から自発的に身体が動いている、なにかさせて頂きたい、というのがひのきしんです。

 

ですので、ひのきしんは感謝の心です。

 

このたんのうの心が治まり、ひのきしんに励む時、親神様に認められる『誠真実』が現れるとされています。

 

誠真実は、親神様が一番好きな心です。
誠真実なら、天の理にかなう心である、天の理ならばすぐに受け取る、すぐに返すが一つの理と仰せくださってます。

 

誠真実は、天に届く心なんですね。

 

しんちつに心にまことあるならば

 

どんなたすけもちがう事なし

第九章 よふぼく

ようぼく

この章では、「ようぼく」「おたすけ」のことについて書いてあります。

 

ようぼくとは、おたすけができるようになった信者のことですね。
おたすけやようぼくのことについては、天理教の信者の定義|一人前になる条件がめっちゃ厳しい!を読んでみて下さい。

 

ようぼくは、おたすけを持って「たすけ一条」に生きなければいけないとあります。

 

しんぢつにたすけ一ぢよの心なら
(真実にたすけ一条の心なら)

なにゆハいでもしかとうけとる
(何言わなくてもしかと受け取る)

わかるよふむねのうちよりしやんせよ
(分かるよう胸の内より思案せよ)

人たすけたらわがみたすかる
(人たすけたら我が身たすかる)

また、ようぼくに男女、貴賤の差別はありません。
みな、使いどころは違いますが、ようぼくとして差別なくお使いいただけます。

第十章 陽気ぐらし

さて、最後の章は陽気ぐらしです。
天理教の最終目標ですね。

 

これは、個人が陽気になればいいというものではなく、世界中の全員が、陽気ぐらしが出来るよう目指しています。
だから、勝手な陽気ぐらしはいけません。

 

最後に天理教信者になる前から天理教信者になり、どうやって陽気ぐらしになっていくのか、その道すがらを書いてみます。

 

人はまず、身情や事情によっててびきをいただきます。
そして、親神を知り、身情はかしものなることを納得し、守護のあるところを悟り、ホコリを払い、心のふしんにつとめる。

 

日々、たんのうの心を治めまた、ひのき心に勇む。

 

そして、治められた『誠真実』は、自ずから地に及び、一人の道は多くの人々の道となる。
すなわち、道の子はようぼくを志し、さづけの理を頂いて、たすけ一条にいそしみ、天の理を取り次ぎ、道の先達となる。

 

ここに、不思議なたすけの実が次々とあらわれ魂は続々と更生されていく。
かくて、我も人もともに和し、一手一つの心に、楽しみづくめの陽気ぐらしの世界がご守護頂ける、とあります。

このみちハどうふゆう事にをもうかな
(この道はどういう事に思うかな)

このよをさめるしんぢつのみち
(この世治める真実の道)

信仰者の日々の行い

さて、駆け足で教典を見てきましたが、どうだったでしょう?
感じは分かってもらえたでしょうか?

 

で、結局、一信者はどうやって日々を過ごせばいいのか?というと、まず朝晩の2回、おつとめをします。
おつとめというのは、天理教の『すわりづとめ』とは?その仕方と意味を徹底解説を読んでみて下さい。

 

まず、これを毎日やります。
できれば、教会へ参拝してやります。

 

あとは、みかぐらうたも2下りほどやります。
みかぐらうたというのは、

 

これです。
これが12下りあります。

 

祭典などでは12下り全部つとめるのですが、日々のおつとめのときは2下りのところが多いです。
僕は、すわりづとめだけでかぐらづとめはやってません(いけませんが^^;)。

 

まぁ、信者はこうやって日々おつとめをします。
あとは、「おたすけ」を使ったり、天理教の信者であることを忘れずに日々過ごすことですかね。

 

おにおいがけ」(布教)もありますが、僕は自然にしています。
聞いてくれば教えますし、聞かれなかったら無理もいいません。

 

自然にしてます。

 

と、まぁ、天理教ってこんな感じです。



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教会

天理教を知ってぜひ教会に足を運んでみて下さい。
最後に、僕の教会を写真で撮りましたので、どんな感じかみてください。

・神殿

教会

 

・台所

 

・食堂

 

・新鮮場

 

まとめ

長々と天理教について書いてみました。
ここまで詳しく天理教のことを書いている記事は、まずないかな?

 

総本山には負けますけどね^^;
ちなみに、この記事を書いたのは一ようぼくです。

 

教会長でも先生でもないので、その辺ご了承願います。
それでは、今回はこの辺で~(*^^*)

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